第14回「通水節」伊是名島
「通水節」歌詞と大意
「通水節」歌詞と大意
一、通水の山や 一人越えて知らぬ
乗馬と鞍と主と三人
(大意)
一、通水の山は一人で越えて誰も知る人はいない
知っているのは乗馬と鞍と主人である自分の三人だけだ

【映像】伊是名島の島人が唄う「通水節」収録2012年 石垣島
伊是名島「通水節」
唄三線:東江清和さん、東江恵一郎さん、仲田寛和さん、佐久川兼友さん、伊禮伸吾さん
胡弓:前川明宣さん
「通水節」の作詞・作曲者は不明ですが、伊是名島の東にある諸見集落で暮らしていた金丸(後の尚円王)が島の西にある勢理客集落へ向かう途中、通水を通る際の情景を詠ったものとされています。
諸見から勢理客まで3キロほどの道のりですが、途中、通水という難所を通らなければなりませんでした。
「通水には昭和30年頃まで谷底があり、谷間をぬって山を上がって勢理客へ通いました。昼間でも暗い鬱蒼とした森の中を通るのです。
勢理客には金丸の親戚がおり、毛遊びを楽しみに金丸は勢理客へ通っていたようです。
ときには馬に彼女を乗せて帰ることもあったようです」
とお話下さったのは前田政義さん。

毛遊びとは仕事を終えた年頃の男女が集まり、原っぱなどで唄い語り踊る、現代版合コンのようなもの。娯楽がなかった時代、男女の出逢いの場でもあり、沖縄各地で盛んに繰り広げられていた遊びです。
政義さんの「金丸が彼女を馬に乗せて帰った」というお話を裏付けるように、「通水節」には返し歌があります。
尾持くかる毛に 我無蔵うちのせて
通水の山やよべど越えたる
歌意は「尾の毛がふさふさとした栗毛の馬に、可愛い我が恋人を乗せて、難関の通水を越えることができた」。
行くときは「乗馬と鞍と主」の三人であったが、帰りには可愛い恋人を乗せて四人となった喜びを詠っています。返し歌をみると「通水節」は恋唄ともとれます。
才能豊かな好男子であったため周囲から妬まれていた金丸。「通水節」は“勢理客へ通うことが知られてしまうと邪魔が入るので、誰にも知られないよう用心して通水を越えなければならない”という金丸の心情を詠んでいる、と解釈する参考文献もあります。
ヤンバルの小さな島の農民から国王にまで上り詰めた才覚を持つ金丸の身辺状況を考えると、こちらの解釈もしっくりと来るのでした。
「諸見集落と勢理客集落の間の通水は深さ30mほどの険しい細い谷底になっていました。しかし、20年ほど前の土地改良でその面影はありません」
実際に通水の場所へ案内して下さった東江清和さん。清和さんは、金丸のことを敬愛の念をもって「金丸様」と呼びます。
土地改良された通水には現在、溜池のような小さなダムができています。

「ダムの底には金丸様が通った歴史的な道が沈んでしまっています。崩れないよう道を固めていた大きな杭のハガネが何本もありました。残していれ大きな歴史的文化遺産になったかもしれないのに…。貧しかった当時は文化生活に目がいってしまい、伝承認識不足でした。実に惜しいことをしました」
戦禍を逃れられた伊是名島にはさまざまな文化遺産が残っています。しかし、時代の流れとともに消えてしまった遺産もある。
通水の現地で、ダムの底に沈んでしまったハガネをとても惜しんでいる清和さんの横顔に、“この方も伊是名の歴史と文化をこよなく愛する島人のおひとりなんだ”と胸がじんと熱くなるのでした。
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