第12回「むんじゅる節」粟国島
「むんじゅる節」歌詞と大意
「むんじゅる節」粟国島
一、むんじゅる平笠ちゅらむぬや 女童まちぢにちぃ据してぃ(ちゅらむぬや)
花染み手さじや前に結でぃ 二才惚らしむぬ(花染やう)ニ、照喜名坂からやううなよ むんじゅる平笠かぶるなやう(津波古の)
津波古の主の前が な打惚れゆんどう(津波古の)三、芋のまあさや唐かんだ 米のまあさやあかち米(神酒造ての)
神酒造てのまあさや 白はい唐かんだ(神酒造ての)
(大意)
一、むんじゅる平笠は美しい 娘さんの頭上にちょこっとのせて
花染手拭を帯の前に結んで 青年たちを虜にしている
ニ、照喜名坂を通るときは むんじゅる平笠をかぶってはいけませんよ
役人・津波古某が むんじゅる平笠を被った娘に惚れてしまうから
三、芋のうまいのは唐芋だ 米のおいしいのは赤地米である
神酒をつくって美味しいのは 白い唐芋だ
【映像】島人が唄う「むんじゅる節」(2013年3月 粟国島)
粟国島「むんじゅる節」
唄・三線:玉寄勝也さん 大城美咲さん
収録:2013年3月1日(木)粟国島(沖縄県島尻郡粟国村)
「むんじゅる」は「麦わら」という意味の「ムンガラ」、「ムンジャラ」が転訛した言葉。
「むんじゅる平笠」は「麦わらで作った平笠」のことで、むかしは畑仕事の際にかぶっていたそうです。
作詞・作曲者は定かではありませんが、粟国島の代表歌「むんじゅる節」には本歌とされている唄が伝えられています。
『むんじゅる節歌碑建立記念誌』には「むんじゅる節の本歌、照喜名(てぃるちな)節が発祥した年代は、明治11年(1878年)頃から、同15年(1882年)頃と推定される。」、「むんじゅる節は、照喜名節が発祥してから、およそ13年から15年位後にむんじゅる節として舞踊化されたものと思料される。」とあります。
また、役人・津波古某は沖縄本島の佐敷町字馬天から、明治11年頃から明治15年ごろ粟国島番所に派遣されて勤務していたのではないか、と記されています。

津波古某は大変な色男だったようで、唄の二番では「むんじゅる平笠をかぶって目立ち、もし津波古某に惚れられたら大変だ。だから、照喜名坂を通るときはむんじゅる平笠をかぶってはいけないよ」と、身内(親や兄)が「目立たないように」と年頃の娘(または妹)に注意しています。
この二番に登場する役人・津波古某はもとより、忠告を受けている娘もその家族も実在した人物です。
※「むんじゅる節」の出自については島内で諸説あるようです。
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