ウブシクミ
トゥシヌユーの夜8時頃、スリズには祖納集落のほとんどの方が集まっているようでした。
公民館の軒先には椅子が並べられ、シージャ(目上)方が座っています。公民館の広場の隅で熱のこもった練習を繰り返す子どもたち、熱心に最後の指導をなさる方、楽しげに飲んでいる方、真剣に観ている方、十人十色さまざまです。
少しいいアンベーになって足がもつれかかっているシージャに、「あちらに椅子がありますから。行って座りましょうね~」と周囲の若者がとても丁寧に接しています。酔っ払っていてもこれだけ大切にしてくれるとは。なんて幸せなところなのでしょう。

「明日がんばってね」
いろんな方から応援の言葉を掛けられていたのは、「島の一大行事。粗相がないようにと緊張しています」とおっしゃる今年のミリク役である石垣島在住の西表全剛さん(49歳)。
「1ヶ月ほど前に連絡があり、2~3週間前に本決まりになるのですが、ミリクをやると決まってからずっと緊張しています。
決まったときは“でーじ(大変だ)”という気持ちが大きかった。ちゃんとこなせるか不安の方が大きいですね。
本番は部落の発展、みんなの健康を拝みながらやります」
穏やかなお人柄を思わせる笑顔ですが、その表情は少し硬い。全剛さんの緊張している様子がうかがえます。
今日も日差しが強く暑かった。明日も暑いかもしれない。
飲み食いはもとより、水も飲めず、トイレにも行けず、デイゴで作られたミリク面に黄衣をつけて、6時間もの間、みんなの前で神様として振る舞わなければならない。緊張するのは当然です。
明日の本番には全員がそれぞれ衣装を身に着ける。全剛さんはミリク面をかぶり、フダチミ役のふたりの女性は頭のてっぺんからすっぽりと黒装束姿となり、表情どころかお顔すらわかりません。
でも、今宵のウブシクミではミリクもフダチミも私服で素顔を現しています。
「まさか今日、ミリク様やフダチミのひとの素顔が見れると思わなかった! スゴイなぁ!!」
そんな声が聞こえてきました。確かに、言われてみればその通りです。場所によっては神行事の練習の見学を断るところもあると聞きます。もしかすると、他島(よそ)の人間がこうした光景を見学できることは珍しいことなのかしれません。
でも、私には明日の厳かであろう道行列のミリク様やフダチミ役の方の素顔をじぃっと見つめるのは、“見てはならない神聖なもの”を見てしまうような気がして、なんとなく憚れたのでした。
島風の記憶と希望 