一日目。トゥシヌユー(大晦日)
前泊の浜で
2013年の己亥は9月30日。沖縄ではまだまだ蒸し暑い日が続きます。
西表島・祖納の前泊の浜へ着いたのはトゥシヌユーのまだ明るい時間帯でした。
「農民の大将であった大竹祖納堂儀佐と士族代表の慶来慶田城用緒が、農民も士族も一緒になって一日楽しく遊ぼうと話し合ってまとめたのが節祭。ちなみに私で慶来慶田城用緒の17代目なんですよ」
とおっしゃる星公望さんは7年連続で節祭総責任者を務められています。
7年間も重責を担っていらっしゃるのだから、きっと慣れたものなのでしょうね、思いきや、
「一年一年たいへんです。道具を作ったり、役職を決めたり、1週間はてんてこ舞いですよ」
そう言いつつ、鋭い刺をもつアダン葉を自作の道具で手際よくさばかれていきます。
公望さんが連れて行って下さった前泊の浜は、マルマボンサンを海に浮かべた景観の素晴らしい入江。静かな浜の側には、明日のユークイのためのテントやテーブルの準備がほぼ整っていました。
海に沿うように建てられた周囲より一段高い桟敷には、作業を終えたであろう男性たちが車座になってビールや泡盛を飲み交わしています。

「この場所は明日、ミリク様が座るところだからね」
そう説明しつつも桟敷から手招きをされるので、「上がってもいいですか?」と確認すると
「いまは上がってもいいけど、明日は上がったらダメだよ」という声が返って来ました。
「わかりました。明日はダメなんですね。ではいまだけ失礼します」靴を脱いで舞台へ上がるとビール缶が渡されました。
「ボーリノーシしてるさぁ」
石垣島で「ブガディノーシ」と言う「お疲れさま会、慰労会」のことを西表島・祖納では“ボーリノーシ”と言うそう。
記念ボトルの泡盛を隣の方に注ぎ回しながら、節祭のために石垣から応援に駆けつけている島人との再会を楽しまれています。
「ミリクはね、やった人でないとわからない。
話しても信じてくれないかもしれないが、面をかぶると人間がかわるんですよ。神様になっているんですよ。
8時間、トイレももよおさないし、眠たいとも思わない。ヘビースモーカーの人でも全く吸いたいという気持ちにならないそうですよ」
経験者とあって公望さんの「やった人でないとわからない」で切り出された言葉には説得力がありますが、まだ節祭をみたことがないので、いまひとつピンと来ません。
かつてミリクを務めたことがあるという宮良用信さんは
「私より早い誕生日の人がいたけれど、私は地元にいたから”地元優先”というのでミリクをやったんですよ。
小さい穴からマルマ盆山が綺麗にみえる。いつも目にしている景色が、とっても綺麗にみえるものだから、このためにこの穴はあるのかな、と思ったよ」
とってもひょうきんな用信さんは少年のようにくったくのない笑顔。
祖納のミリク神は数え49歳の男性が早生まれの順で選ばれる。集落の中堅でリーダーシップのある人、将来の公民館長候補である男性が選らばえれるそう。
現公民館長・古見代志人さん、節祭総責任者・星公望さん、ミリク世話役の石垣金星さん、元館長で地謡の那根操さん、現在行事の中心的役割を担っている方々はミリク経験者だそう。

明日ユークイの一日だけ前泊の浜のことを「船元の御座」と呼ぶ。
明日にはこの場所にミリク様が座る。
海を背景に船元の御座でさまざまな芸能が奉納される。ミリク様のために。
いったいここからはどんなふうに観えるのだろうか。
海へ目をやってみたけれど、西に傾きかけてきた太陽の光が眩しくて目も開けられない。

舞台から左下方の浜では2艘のサバニを前に、数名の男性たちが鏡のように穏やかな海に向かい、神妙な面持ちで祈りを捧げているのが見えます。明日サバニを漕ぐ船子たちの安全と明日の神行事が滞りなく行われること、無事ユガフ(世果報)を持ち帰れることを祈っているのでした。

島風の記憶と希望 