「なりやまあやぐ調査委員会」の調査結果
「なりやまあやぐ」の作詞・作曲者は定かではありませんが、非常に人気が高く著名な宮古民謡のひとつです。
「なりやまあやぐ調査委員会」(2004年発足)の調査の結果、宮古島の城辺字友利が発祥の地だということ、1864年には友利で歌われていたということがわかっています。
1859年 佐久本武佐氏が唄っていた「なりやまあやぐ」(歌詞)
1859年には友利村25番地に生まれた佐久本武佐(さくもと むさ)氏が、年頃になった長男・山が女性たちと遊んでばかりいて家事をかえりみなかったため、わが子を戒めるために唄っていたことが確認されています。
佐久本武佐氏の「なりやまあやぐ」(砂川武信氏覚え書き)
一、サーヨー なりやまやー なりちぬなりやまー
そみやまやよー そみちぬそみやまー
イラユーマーンマーンヌ そみちぬそみやまー
二、サーヨー 馬にぬーらば たずなうゆるすなよ
みやらび家いき 心ゆるすなよー
イラユーマーンマーンヌ 心をゆるすなよー
三、サーヨー 馬のかぎさや 赤馬どかぎさー
みやらびかぎさや 十七、八くるどー
イラユーマーンマーンヌ 十七、八くるよー

1960年 ラジオで友利實功氏が友利の「なりやまあやぐ」を世に広める
佐久本武佐氏の唄っていた歌詞を、友利村55番地の1で生まれた友利實功(ともり じっこう)氏らが1895年、唄いやすく編詞しました。
そして1960年、友利實功氏が琉球放送ラジオ番組『素人のど自慢大会』に挑みました。
このとき實功氏は、“からうた(無伴奏)”で「なりやまあやぐ」を唄ったそうです。

實功氏がラジオで唄ったことで、宮古島の友利部落で唄われていた「なりやまあやぐ」が初めて世に知れ渡りました。海を超えた「なりやまあやぐ」は評判となり、やがて沖縄中で人気を博したのでした。
インㇺギャーにある歌碑の詞は實功氏がラジオの電波に乗せてはじめて唄ったときの歌詞です。

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